どうして動物愛護はなかなか進まないか?

先日、ボラ同士の嫌がらせについての日記を書きましたが、

ああいう馬鹿馬鹿しい諍いももちろんですが、そもそもどうしてなかなか日本の動物愛護が進まないか、というと、
ボランティア同士の考え方がまったくばらばらだからです。

私は猫専なので、猫ボラについてのみ言えば・・・。

猫ボラと言っても多種多様。
TNRだけの人、TNRが済んだ場所の餌やりだけの人、指導や啓蒙の人、保護・里親探しの人、里親探しはできないけど保護(一時預かり)のみの人、保護はできないけど、里親探しをする人、行政に働きかける人、里親探しはしないで行き場のない猫を無償で預かる人、実経験はないけどネットなどで啓蒙する人、ネットできないボラさんの代理でネット啓蒙する人、せっせとお金を稼いでお金だけでもと支援する人、人と一切無関係でやりたい人、やたら人のしていることに口出しする人・・・。

また保護・里親探しについても細かく分ければ、
子猫のみの人、成猫のみの人、健康で問題ない子優先の人、ハンデのある子優先の人、保護先が足りなくても我慢できずに何でもかんでも保護してしまう人、緊急性のない場合はその場所でうまく生きていけるように援助だけする人、外よりましならもらってもらえればオッケーという人、里親さんにフードの指定まで細かくするなど過干渉な人、
保護猫は愛情かけて育てる人、保護猫はケージに入れたままの人、完全隔離の人、ウィルスキャリアの子もみんな一緒にしている人・・・。

かけるお金についても、
外の子は短い命だから体に悪くてもせめて美味しいものをお腹いっぱい食べさせたいという人、外の子は健康管理が十分できないから、高くても体に良いものしかあげないという人、不妊手術のみで十分だという人、不妊手術の時にワクチンや駆虫までしてあげたいという人、高くても良いから術後の入院は何が何でも絶対に2泊以上させてという人、一泊でも日帰りでも安ければ良いという人、病気の子に施す治療、検査、里親募集の子のウィルス検査・・・。


要するに、やり方が色々というだけでなく、「可哀想」と思う基準がみんな違うのです。
そして、どこまでやると「満足」できるかも違うんです。

やり方も過激な人あり、甘甘の人あり。。。
そういうのを「人は人」として受け流せばとも思うけど、やっぱり中には受け流せないようなこともあり。

動物愛護は基本的には「可哀想」という気持ちがあってこそだけど、ただ「可哀想」という気持ちだけでは本当に動物は救えないですよ、ということなんですが、

【横の繋がり】がなかなかできない今の状態では 、
【ボラが一丸となって】というのが到底無理な今の状態では 、
不幸な動物を減らすことはできません。

やっぱりボラ同士の考え方がある程度同じラインでないと。
でも、同じラインを作ることはとても難しいですね。

by yukimomoko | 2009-03-26 10:57 | 猫活動・日本の愛護事情  

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