思い出の人達(猫ともボラとも無関係の話)

去年、「おくりびと」という映画が流行った時に書いた過去日記なんですが。
(ちょっと暗いかもしれないのですみません。)


私は「送り人」ではなくただのナースだったんですけど、病棟勤務だったからけっこう送りました。
まあ、ナースなら日常的にある事なんですが、
私はめそめそする性質で、お見送りした患者さんは今でもみんな覚えています。

特に印象的なお見送りの話をいくつか。



大腸癌が肝臓に転移して、腹水が溜まっていた30代のFさん。
美人で明るく活発な人でした。
入院して2ヶ月で意識がなくなりましたが、心臓が強かったのか、1週間以上危篤が続きました。
夜勤の夜、だんなさんが、ナース室に何度も心臓のモニターを見に来て「まだですか。。。」「まだですか。。。」
とても仲の良いご夫婦でしたが、看病疲れしたんでしょうね。
すごく切なかったです。



男気があって明るい優しいオッチャン肝臓癌のOさん。
阪神淡路の震災で、被災した友人を心配していました。
「病気は気力で治す!」と言ってましたが、下血が止まらなくなった時、夜勤の見廻りで「看護婦さん…」って呼ぶから、側に行って見たら…Oさん、泣いてました。
「俺さ、どうなるのかな。怖いんだよ、看護婦さん・・・。」
たしかそんな事を言ったので慰めたと思います。
Oさんの最期は輸血も間に合わないくらいの下血と吐血。



胃癌が転移して手術もできなかったまだ30代のSさん。
臨終の時に「死ぬ~!」と言ってがくっと息を引き取りました。
後で、「死ぬ~!って言って死んだ人、初めてだね。」と、ナース室で話題に。
まさに死ぬほど苦しかったんだな・・・と思います。
きつい時につい「死ぬ」とか「死にそう」とか言ってしまうけど、そのたびにSさんを思い出して申し訳ない気持ちになります。
まだ中学生の娘さんがいるお母さんでした。


糖尿病で亡くなった、40代だったKさん。
奥さんは臨終に間に合わなかったんですが
かけつけた奥さんは、私達の目の前で、Kさんの唇にチュウを。
別にハンサムでもなく、背が低いメガネのおじさんだったんですけど、愛してたんですね。


80代、家族とのトラブル(?)で、まったく喋らなくなったSばあちゃん。
胆管が閉塞して、胆汁を出す処置の最中に亡くなったんですが、苦しみだしたばあちゃんに、「Sさん!頑張って!」と手を握ると、
「もう最期やけ良いと。(もう最期だから良いの)」と。。。
Sばあちゃんに限らずですが、明治の人はみんな立派で潔かったです。


救急で運ばれてきた、アル中で末期肝不全のOさん。
すでに意識朦朧で、「ショウチュウ、ショウチュウ…」とうわ言を言って、先輩ナースが「はい、焼酎ですよ。おいしい?」と楽飲みで水を飲ませたら、「ああ…」と言ったのが最期の言葉でした。
医者嫌いでギリギリまで病院に行かずお酒飲んでたそうですから、幸せな死に方だったのかもしれませんね。


ブラジルから帰ってきた日系2世のダンディーなOさんは、巡視の時に「苦しくないですか?」と声をかけるとウィンクしてくれました。
肝癌末期で入院して亡くなるまで早かった。


学生実習の時の患者さん、Hさん。
肺癌が脳に転移して、目にも転移していました。
たしかまだ40代前半。ハンサムで優しかった。
「あんた達は丈夫なだんなさんと結婚せんないけんよ~。」と、笑いながら、でも悲しい笑顔でしたね。
Hさんの最期は実習期間が終わってからだったので、お見送りはできませんでした。




もっともっといっぱいあるんですけど・・・。

私はもうとおに引退していて、上に挙げた話は15~25年も前のです。
気がきかない仕事のできないだめなナースだったから、きっと患者さんは色々我慢して大目にみてくれてたと思います。
ほんの小娘みたいなナースの言う事を聞いてくれて頼ってくれた患者さん達に、いつかあの世で会えたら謝りたい事がいっぱいですね。
新人の頃の私に、時に厳しく時に優しく指導してくれた、婦長さんやドクターも、だいぶ亡くなってしまったと、今はもう風の便りに聞くだけですが。。。


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by yukimomoko | 2010-02-05 02:58 | うちの猫とゆきももこの気持ち